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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)4908号 判決

東京都中央区八重洲六丁目七番地フエルトビル三階

原告 中島徹

東京都千代田区丸ノ内二丁目二番地の一

被告 汽車製造株式会社

右代表者代表取締役 後藤悌次

右訴訟代理人弁護士 田辺恒之

同 田辺恒貞

同 荒井素佐夫

同 矢吹輝夫

同 高屋市二郎

右当事者間の昭和三六年(ワ)第四、九〇八号新株発行無効確認請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告会社が昭和三六年四月一日山一証券株式会社に対して発行した一一二万株及び大商証券株式会社に対して発行した四八万株の新株発行を無効とする。訴訟費用は被告会社の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は、昭和三六年六月二二日、訴外斎藤文夫より、同人が被告会社の旧株主であつたことにより昭和三六年四月一日の新株発行により旧株主割当分として割当て交付を受けた被告会社の一〇〇株券一枚を譲り受け、その頃名義書換を受けたものである。

二、被告会社は、昭和三五年一一月八日の取締役会において、記名式額面普通株式一六〇万株を公募により発行し、その払込期日を昭和三六年四月一日とする旨決議し、昭和三六年三月一四日の取締役会において、右一六〇万株中一一二万株は山一証券株式会社に残り四八万株は大商証券株式会社に、それぞれ一株金二二〇円で買取引受けさせる旨決議し、その払込期日にそれぞれ新株一一二万株及び四八万株を発行した。

三、然し右各証券会社に新株引受権を付与するには、商法第二八〇条の二第二項により、株主総会における特別決議によることを要し、又同総会において取締役は、株主以外の者に新株引受権を与える理由を開示することを要する。

然るに被告会社は、同条所定の手続をしなかつた。

四、従つて右各証券会社に発行した新株合計一六〇万株は、商法第二八〇条の二第二項に違反する無効のものである。よつてこれが無効である旨の判決を求める。

尚被告会社は、原告の当事者適格を争うけれども、本件訴の原告としては、現在被告会社の株主であれば足り、その株式は旧株でも新株でもよく、又その取得の日時を問わないものである。

と述べ、

被告訴訟代理人は、本案前の申立として「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、原告は、本件訴を提起するにつき権利保護の利益を有しない。即ち、新株発行が無効である理由としては、会社の発行しうる株式総数を超える発行、定款で定められていない株式の発行、或は券面額未満の発行等の新株発行自体の無効原因を主張する場合と、本件のように単に新株発行についての手続違反を主張する場合があるが、後者の場合には、単に株主であるというだけで直ちに原告となりうるものではなく、何らかの訴の利益を有しなければならない。然るに原告はこれを欠くものであるから却下を免れない。

と述べ、

本案につき、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一、二項及び第三項中商法第二八〇条の二第二項所定の手続をしなかつたことを認める。その余を争う。

二、山一証券株式会社及び大商証券株式会社が、本件新株を引受けたのは、新株発行の一方法たる所謂「買取引受」のためであるが、その引受契約によれば、(1)証券会社は自己のために引受けるのではなく一般に売出すためのものであり、(2)その売出については、売出価格を発行価格と同価格とし、払込期日前に売出しを完了すべき旨義務づけられ、(3)未消化株を生じたときはこれを引取る義務を負い、(4)一般募集取扱手数料を発行会社から受けると定められているものであつて、右証券会社の契約上の権利は、引受けるか否かが自由であり、又引受けた新株の処分につき何らの制約もない新株引受権とは全くその性質を異にするものであるから、これをもつて、商法第二八〇条の二第二項にいう新株引受権ということはできない。従つて同条所定の手続を履践する必要はないものであつて、その手続をしないことについての瑕疵は存しない。

三、仮に本件新株発行に同条の適用ありとしても、その瑕疵は、新株発行の無効原因とはならない。

と述べた。

立証として≪省略≫

理由

一、被告は、手続上の瑕疵を理由とする新株発行無効の訴を提起するには、単に株主であることだけでは足りず、他に何らかの訴の利益を有する場合でなければならないところ、原告はこれを欠くから本訴は不適法であると争うけれども、商法第二八〇条の一五第二項には新株発行無効の訴を提起しうる原告として単に株主及び取締役と規定するにとどまるから、株主又は取締役であれば当然に右訴の利益を有するものというべきであり、被告の右主張は理由がない。

二、ところで原告は、被告会社が山一証券株式会社及び大商証券株式会社に新株引受権を与えるにつき、商法第二八〇条の二第二項の手続を履践しなかつたから、本件新株の発行は無効であると主張する。しかし当裁判所は、右証券会社のいわゆる買取引受につき同条所定の手続を要するかどうかの点はしばらくこれをおき、その手続の不履行は新株発行の無効原因にはならないものと解する。もつとも新株発行の無効原因については、これを比較的緩かに解する見解と極力制限しようとする考えとの対立があるが、商法第二八〇条の二第二項に規定するようなたんなる手続上の瑕疵をもつてその無効原因と解することは、取引行為に準ずべき新株発行の効力を否定する契機を多くし、取引の安全を害することとなつて妥当ではない。このことは一旦新株が発行され、会社が拡大された規模で活動を開始し、発行された新株が転々流通している際に、それが無効とされては著しく取引の安全を害する結果となることからみて明らかであろう。もちろんいかなる瑕疵があつても一旦新株が発行されて了えば、すべて無効原因にならないとするものではなく、定款に定められた会社が発行しうべき株式総数を超過して新株を発行したとか或は定款の定めのない種類の株式を発行したとかの、単なる手続上の瑕疵を超えた実体上の重大な瑕疵がある場合には、これを無効とするほかないであろうけれども、商法第二八〇条の二第二項の手続を履践しなかつたというような手続上の瑕疵は、会社(株主全体)の利益よりまず一般第三者の利益をはかるを至当とするのである。これにより株主が損害を受けたとか或は引受人が不公正な価格で引受けたという場合に、取締役が損害賠償責任を負い或は引受人が差額支払義務を負うということはおのずから別問題である。

三、かように商法第二八〇条の二第二項違反は新株発行の無効原因とはならないから、本件の場合同条所定の手続を要するか否かについて判断するまでもなく、本件請求は理由がない。

よつて原告の請求を棄却することとし訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長谷部茂吉 裁判官 伊東秀郎 裁判官 近藤和義)

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